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2007年09月04日

三重県

私は三重県といったらF1が好きだからすぐ鈴鹿が頭に浮かびます。そんな三重県について今日は解説したいと思います。

三重県(みえけん)は、紀伊半島東部に位置する、日本の県である。

江戸時代より、お伊勢参り(お蔭参り)の名で知られる伊勢神宮を擁する地域として発展した。令制国では、伊勢国、志摩国、伊賀国の全域と、紀伊国の一部より構成される。

教科書の地理区分を含み、官庁によって近畿地方に、同様にテレビ局の区割りを含め、官庁によって中部地方(東海地方)に入れられる事がある。全体的に、北の名古屋市や西の大阪市と、両方の人や物の移動が多い。経済面では、四日市市より北の地域では名古屋市の、津市以南の地域では大阪市との関係が強い傾向にある。

■地理
三重県は南北の長さは約180km、東西の幅は10?80kmと、非常に細長い形をしているため、地形も、伊勢平野をはじめとする平野部から、山脈、青山高原などの高地、盆地、低地など様々な地形を有する。

■行政区分
日本、近畿地方、中部地方(東海地方)
隣接都道府県 : 愛知県 - 岐阜県 - 滋賀県 - 京都府 - 奈良県 - 和歌山県
熊野市付近に和歌山県の飛地(東牟婁郡北山村全域と新宮市の一部)がある。

■歴史
明治維新以前の伊勢国、伊賀国、志摩国および紀伊国の東部よりなる。

明治維新以後
1868年 : 伊勢神宮とその周辺に、度会府が設置された。
1871年 : 安濃津県と度会県(県庁:度会郡山田)が設置された。
1872年 : 安濃津県は、県庁を三重郡四日市に移設し、三重県となった。
1876年 : 三重県と度会県が合併し、現在の三重県が誕生した。県庁は安濃津に置かれた。
「三重」の名称は、ヤマトタケルが東方遠征を終えて桑名郡尾津(桑名市)の浜から能褒野(亀山市)へ向かう途中、『古事記』に「『吾が足は三重の勾がりの如くして甚だ疲れたり』とのりたまいき。故、其地を號けて三重と謂ふ。」とあることに由来するとされている。


江戸時代に置かれた藩には伊勢国には、桑名藩、長島藩、伊勢亀山藩、神戸藩(かんべ)、菰野藩(こもの)、久居藩、津藩、志摩国の鳥羽藩、津藩の支城の伊賀上野城、津藩の一族の名張陣屋、和歌山藩の支城の田丸城、松坂城がある。


余談だけど三重になると急に関西弁に近くなるんだよね。名古屋が近くにあるので、名古屋弁に近くなると思うのだが、、、、、

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